上弦月

ふと思い立って最寄駅のいつもとは反対側の出口を降りてみた。線路の反対側で来るのは引っ越して以来初めてだと思う。あちら側と違って繁華街もなく街路灯はまばらで静かな印象がある。テイクアウトしたコーヒー片手にしばらく星空と下を流れる河を交互に眺めている。上弦の月が天頂にさしかかって明るい空だ。それでも星がいくつか見えるのは空気がきれいなせいもあるのだろう。人々は駅のほうへ、あるいは家の方へ帰り路を歩んでいて、何もせずに佇んでいるのは自分しかいない。人に囲まれているようで孤独を感じる。とは言え寂しさのようなものではなくて何がしか暖かな気持ちだ。暗がりを眺めていると過去の色々が去来する。"暗さはものを考えさせる"というのは乾正雄さんの『夜は暗くてはいけないか』に出てくる一節で、小学生だか中学生かの国語の教科書で読んでからずっと印象に残っていたことばである。東京はどこに行っても明るい気がするけど探せば意外と暗がりを見つけることができる(もっとも、本当の意味で真っ暗な場所はほとんどないけれど)。暗がりを見つけると何となくそこにセーブポイントのような安心感を覚えてしまう。(これは自分で言いながら少し滑稽な言い方で、だいたいのセーブポイントは逆に光を放っている。)考えごとは基本的にさして重要でないことがらがほとんどで、あるいはダジャレや世迷言と大差がない。それでもたまに、ごくたまに大切なことを思い出したり考え至ったりすることがある。その「たま」のためにあえて考える時間を持つようにしている。その日の気分次第ではあるけれど。

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