処女宮

雨上がりを流れる褐色の乳の河、桶の中の鰻のようにぬるぬると激しく唸る水面、薊の花は夕闇に鈍く輝き、遠くの空ではトワイライトブルーの緞帳が下りる。茅蜩、馬追、鈴虫のさまざまの虫が昼と夜の幕間楽を奏でている。ペトリコール、ペトリコール、耳障りのよい言葉がアスファルトから立ちのぼりわたしの鼻をくすぐってくる。天離る鄙の里でわたしは何を思おうか、ーー都会に出てから田舎が少しだけこわくなった。月並な言い方をすれば自然は雄大で、人間のちっぽけなすがたを浮かび上がらせ畏怖の念に至らしめる。月並な言い方では不足なのだが言葉が出ない。筆舌に尽くしがたいとはこのこと、ふとした瞬間に心臓をきゅうと縮み上がらせる底知れぬおそろしさ。自然はおそろしいがそれでいて美しい、その美しさは人間が孕むことのできない、人間の生み出せない美しさだ。雲の合間に一番星が覗くころ、わたしは美しさと恐ろしさに涙する。

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