漂泊船

7月なか頃までのいつになく長く続いた梅雨寒がまるで全部嘘だったみたいに暴力的な暑さに見舞われている。昔を懐かしむでもなく、今はこれが日本の夏の風物詩と割り切っている。昼間を避けて夕方から外を出歩いても背中から汗がほとばしる。暑いのは嫌なことが多いけれど夏の太陽に照らされる熱帯の街には他の季節にない魅惑がある。アスファルトに写る欅の葉の影、夕方の空の妙に自然と心が吸い込まれる。憎しばかりでないから夏は嫌いになれない。

昼過ぎに出かけて麻布十番駅の7番出口を降りる。環状3号線のビル陰を伝いながら歩いて交差点の角にある六本木のツタヤに入る。店内は暑さを逃れ安住の地を見つけた客で賑わう。料理本の棚をひやかしながら席が空くのを待つ。一人は席を確保しやすいので便利。

席を確保して、アイスコーヒーを買って一息つく。最近はぼちぼち勉強をしたり読書をしたりしながらスマホの呪縛から抜け出しつつある。最近は見ていて嫌になる話題が本当に多くなってしまった。自分の心持ちが変わったからか、インターネットをめぐる社会が変わってしまったからか、その両論だろうか。嫌なら見なければいい、はその通りだしできるだけそういったものに触れない努力をしている。気分が滅入るのもあるがそんな消耗戦に時間を奪われてしまうことが本当に馬鹿馬鹿しいと思う。自分の好きな本や雑誌を読んでいればそんな気分に陥ることは滅多にないし、それは昔からずっとそうだったはずなのに、いつの間にか掌におさまるデバイスにくぎ付けにされている。いつだったかスマホをバキバキに踏んづけてやりたい気持ちになってはじめて、そのような悪弊から脱する行為として何か勉強を始めようという気分になった。知らないことを学ぶのは気分を切り替えるのには最適な選択肢だった。

程なくしてあるブログのエントリーに出会う。お医者さんからGoogleのエンジニアに転身された方のエピソードだ。自分自身、この方のように突き抜けた才能もモチベーションもないが、何となく自分の中のキャリア観にパラダイムシフトが起きた感じがした。今から何か新しいことを始めて遅すぎるということは全くない。久しぶりに何かを能動的にはじめる動機づけができたと思う。そんな意識がいつまで続くかわからないが、とにかく続いているうちは前を向いて(マイペースに)走り続けたい。

錨をおろさずただただ広い海を漂うだけだが、今のところ訳もなく気持ちは前向きだ。


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